指揮者寄稿【長野日報】

お知らせ

(8月9日、16日に長野日報に掲載された原稿とオリジナル写真になります。)

国際指揮者コンクールに参加して(8月9日掲載)

松枝洋二郎

今年の五月、ルーマニアの首都ブカレストで開催された国際指揮者コンクールに参加してきた。世界中から百七十名以上が応募し、ビデオ審査に通った六十七名と前回セミファイナル進出者から五名の計七十二名で予選が行われた。予選はプロの弦楽アンサンブルを指揮するもので、課題曲のストラビンスキーと選択曲のモーツァルトの弦楽セレナードを指揮した。残念ながらセミファイナル進出はならなかったのだが、ファイナルまですべての演奏を聞くことができて大変勉強になった。特に、限られた時間の中で自分のやりたい音楽を実現するためにどんな指示を出すのか、その能力が指揮法以上に大切であることを実感した。

 私の本業はエンジニアだが、京大合唱団の学生指揮者を務めて以来、様々な団体で四十年以上指揮を続けてきた。定年退職してからは、東京音大の指揮研修講座で指揮法をもう一度勉強しなおしている所である。現在世田谷のオーケストラ、川崎の吹奏楽団、茅野市の女声合唱団を指揮しているが、昨年は滋賀県の栗東市に設立された「琵琶湖・オーストリア・ブルックナー管弦楽団」の副指揮者に就任して大変貴重な経験をさせていただいた。今回指揮者コンクールに参加できたのも、この時の練習動画をビデオ審査に使用させていただけたからである。

 ブカレストは東欧の小パリとも呼ばれる美しい街で、フランス人が作った旧市街は本当にパリのような雰囲気がある。総ての主要道路には立派な街路樹が整備されており、市内を散歩するのが本当に楽しい。

帰りのウーバーの運転手は英語が堪能で、日本のアニメの大ファンであった。ドラゴンボールの「かめはめ波」コンテストで入賞してもらった王冠が宝物だという。

 指揮者には定年も無いし、音楽の勉強に終わりもない。第二の人生は音楽に賭けてみようかと思っていて、また機会があれば別のコンクールに再挑戦したいと考えている。

ブカレスト国際指揮者コンクール決勝進出者によるコンサートのポスター

続・国際指揮者コンクールに参加して(8月16日掲載)

松枝洋二郎

 ブカレスト指揮者コンクールの控え室で待機していると、次に入ってきたのは韓国人であった。私は少し韓国語が話せるので、サムスンで働いていたことや、研究所に合唱団を設立して、今の会長のイ・ジェヨン氏(当時は常務)がVIPとして来訪された時に歓迎イベントで演奏した話をしたところ、彼もソウルの音楽大学での経験や卒業後の音楽活動について熱心に話してくれた。

 その次に入ってきたのはロシア人だったが、韓国人の彼が今度はロシア語で話しかけたのを見て、控え室のスタッフが、「皆さんとても国際的ですね」と感心していた。

 国際コンクールのいいところは参加者同士が自由に音楽について語り合えるところだと思う。お互いに刺激を与えながらも共感できる点を見つけるととても嬉しくなる。 今回は日本から五名の参加者がいたが、私以外に東京音大の指揮研修生が二名もいて、会場で知りあったもう一人の若いT氏と日本人四人で一緒に食事をしながらコンクールのイベントに参加した。セミファイナルではT氏は韓国のJ嬢の指揮が一番気に入ったようで、私も彼女の指揮は好感が持てたので早速休憩時間に声をかけて「貴女の指揮は背中から歌が聞こえるようで大いに共感できました」と感想を伝えてしばらく熱く語り合ってしまった。レセプションでやっとT氏に会えたので早速J嬢を紹介したのだが、T氏はその後彼女だけでなく他の韓国人や台湾からの参加者とも親しくなれたようで、ここで築いた人脈が彼のこれからの音楽に活きていくのだろうなあと思った。

予選の後には講評の時間があり、コンクールのディレクターと弦楽アンサンブルの奏者全員から貴重なコメントをいただいた。やはりプロの目は厳しく、自分の足りない部分を再認識できて良かった。たくさんのライバル達とも知りあえたので、彼らに負けないよう次の一歩を踏み出していこうと思う。

旧市街の様子
ブカレストは東欧の小パリとも呼ばれ、フランス人が設計した街並みがそのまま残されている

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